精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

僕にオーダーメイドの「コーピング」を考える。

最近、心の中に蓄積したストレスだけでなく、自分でも気づかないうちに蓋をしてきた感情にも、少しずつアクセスしようとしている。


というのも、ここ数回は「羽目を外そう」と思って参加すると、羽目を外し過ぎて、多分迷惑をかけているし、具合も悪いという有様になることが増えたためだ。

 

いわば一回一回の発散が、もはや「爆発」ともいえるエネルギーを持ってしまっている。それはつまり、普段ストレスをまるでうまく処理できていないためだろうな、と。

 

そう思ったのもあり、自分にとってのストレス解消法、もといくつろぎや安全、一言で言えばリラックスを感じられるトリガーは何かというのを、深く見つめ直している。

 

今日は以下、それについて現状自分なりに突き止めていることをもとに、記事を書いてみる。

 

 

まずは「他人のモノサシ」を拝借する。

 

まず、僕は何から始めた。大体の本や助言において、「家でひとりになってみよう」というアクションが提案されているので、それに従ってみることにした。

 

ただ、実を言うとやる前からわかっていたことなのだが、僕は家でぼーっとしようもんなら、仕事のことが頭に浮かんだり、別の住人の物音が気になったりするタイプだ。

 

つまり、「家でひとりになってみた結果、リラックスを得られるという感覚は全然ない」という結論を”また”得た、という話に過ぎなかった。


これはきっと、家と職場が近いせいでもあり、僕自身が現状の実績に全く満足していないからであり、かつ音に対して割と敏感だから、であろうと思っている。

 

だからこそ、また別の手段で、意識的にストレスを逃がす工夫が必要になると思っている。とはいえ、取っ掛かりが全くない。

 

はてさて、どうにも困ったな・・と思っていたときに出会ったのが、「コーピング」という考え方である。

www.hrbrain.jp


この言葉を簡単に言えば、「ストレスを感じたときに取る行動を、あらかじめ決めておき、一覧にして持っておく」という方法だ。


普段から自分を観察し、「この行動をしているときは気持ちが穏やかだ」「これに触れていると落ち着く」といったことをリスト化しておく

 

そして、実際にストレスを感じたとき、その中から1つ選んで実行する。これがコーピングの基本的な仕組みである。

 

そしてこれ自体は、YouTubeで他人の再生リストを、その人が公開さえしていれば他者がいつでも閲覧できるように、割とネットに落ちているものである。

ストレス対処法を「100個」書く→選ぶ→実行! これでイライラに強くなれる - STUDY HACKER(スタディーハッカー)|社会人の勉強法&英語学習


そこにあることをそのまま自分に適応していき、合っている・合っていないをジャッジする。それがどの程度合っていたかいなかったか、もその都度分析する。

 

それを繰り返しつつ、日常の自分の感情の揺らぎも観察することで、よりオーダーメイドな僕のコーピングレパートリーというか、その必須の条件が見えてきた気がした

 

続いては以下、それをまとめていこう。

 

僕は”遠くに行く”と落ち着くようだ。

 

自分にとって居心地がいいもの、心地よい感情を想起させてくれるものをいくつか挙げてみると、それらに意外な共通点が見えてきた。


それはどれも、「昔の記憶と繋がっているもの」だった。例えば、NHKの「NHK for School」シリーズがそうだった。

 

これは小中学生向けの理科の番組なのだが、なぜかあれを観ていると、驚くほど心が落ち着く。懐かしさと同時に、穏やかな安心感が湧いてくるのを感じるのだ。

 

また、昔プレイしていたゲームのプレイ動画を観るのも効果的だった。僕の場合は、『ドンキーコング』シリーズのステージBGMをで聴いているだけで、気持ちが和らぐ。

 

これを踏まえると、僕にとって最も心が落ち着くコンテンツとは、幼少期の“安全で安心だった記憶”に接続するものなのだと思う。

 

実際、もうひとつ挙げるなら、神社や仏閣に行くこともある。こうした場所を見ると心が澄んでいく感覚があるのだが、これ自体、僕の幼少期の体験に紐づいている。


僕は仏教系幼稚園に通っていたし、またかつて住んでいた場所から徒歩2〜3分で辿り着けるほどの距離に神社があり、子どもの頃はその存在が日常にあったのだ。


つまり僕にとって、神社もまた“思い出の中継地”なのだ。実際先ほどGoogleマップを開き、その神社をストリートビューで見てみたが、すごく懐かしい気持ちになれている。

 

とはいえ、過去のものなら何でも良いわけではない。中高時代によく観ていた『トリビアの泉』や、当時のアイドルの映像を見ても、不思議と心は動かなかった。


つまり、懐かしさを感じる対象にも“線引き”があるということだ。僕の中でいつまでの記憶が安らぎになり、どこからの記憶がそこから外れるのか、それはとても曖昧だ。

 

その違いを見極めるため、次に実家に帰省した際は、何時間も散歩に出かけて自分の思い出の場所を訪れてみたり、過去の自分が残した絵や文集を見ようと思っている。

 

もしかしたらそれ自体が僕にとってすごく心地よい時間になるかもしれない。もしそうであれば、その品々を絵に持って帰って、折に触れて読み返してみようと思う。

 

終わりに。

 

コーピングとは、単に気分転換の方法を列挙するという意味だけではなさそうだ。「自分の心がどこで休まるのかを、主体的に理解する作業」でもあると言える。

 

僕の場合、それは思い出の中にある。フィクションでも未知の場所でもなく、過去の何かに強く紐づいた何か。それがはっきりと何なのかまでは、わかってないのだが。

 

さて、皆さんにとっての「心の安全地帯」は、どこにあるだろうか。一度リスト化してみると、自分を少し冷静に観察できるかもしれない。

 

では、今日はこの辺で。

 

 

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