精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

【一旦完結編】「休めないこと」が問題になっているのだと思っていたけど・・

「休み」についてここ最近つらつらと書いてきた。休めていない現状を認めていながらも、それを是正する具体的な策もモチベーションも何も閃かず、ただ悶々とする、と。

 

単に要領が悪いのもあるが、専門性が高い仕事が僕に集中しがちという構図、他にやってくれる人がいないから雑事含めて全部動いている、といったバグも認める。

 

繁忙期の後に訪れる、シームレスな繁忙期。ゆえに「休日が潰れても仕方ない」という納得もまた連続し、僕の連勤が途切れる気配は、年末年始を除くと1日もなさそうだ。

 

例えば、冬季講習に加え、共通テストに向けた対策も同時に本格化しているため、今は休みがない。では、それが終われば僕は休めるのだろうか。

 

いや、多分否だ。私立大学の対策、そして中学生・高校生の学年末考査への備えが始まり、どうせ休みは消える。では、それが終わればどうだろう。

 

これも否だ。今度は本格的に、公立高校入試の対策がスタートするし、国公立二次の対策も、コマの出具合によっては僕に集中することが透けて見える。

 

僕はもう、諦めている。仮に僕が抱えている仕事を他の人に依頼してその人を忙しくしても、僕の忙しさは多分変わらないのだから、なんというか徒労だ。

 

組織内の仕事の最適化を図るという面もあるとChatGPTに諭されたが、実はかくいう僕が一番の若手であるため、効率化により誰を成長させるというのか、甚だ疑問だ。

 

こうしてどこを歩いても袋小路という状況にいて、周りからは絶対おかしいと指摘されながらも、だってどうにもならないしなという思いから特にアクションも起こさず・・。

 

考えても考えてもなんにも前進しない。こんなことは始めてだ。数学の難問ならつゆしらず、僕自身のことなのに、思索が一向に深まらず、前進もしない・・。

 

そんなとき、ふと「もしや?」と悟ったことがある。その悟りとは、僕が休まないことに関しての深層心理の上澄みというべきものだ。

 

それを取り出して眺めてみると、なんというか、「やっぱりそうかー」という感覚のある、そんな何かである。そしてこれは、多分言葉にしてはダメなヤツなんだろうけど。

 

では以下、そのことを遂に言葉にしていこうと思う。

 

 

深層心理の僕は、この状況の”何が問題かがわからない”。

 

ハッキリ言うと、僕は今の連勤が続く日々の何が問題か、実はサッパリ分かっていない。なぜかというと、このスケジュールで僕を動かしているのは、つまり僕だからだ。

 

周りからブラックな労働を”押し付けられている”わけではない。自分が仕事を管理する側に回って、その上で、全体の状況を見たうえで、僕にそれを渡しているのだ。

 

もちろん属人化が行き過ぎれば、それはただのリスクという考え方もある。専門性が高い仕事だからと言って、全てを僕に担当させることは間違っている、と。

 

とはいえ、”じゃあ誰に?”という話だ。新しい人を雇うというのが一番短絡的な解決策だと思うが、それに伴うコストを考えれば尻込みしてしまう。

 

僕一人が背負うことのリスクには目を瞑り、自分が病気にならないことを前提として、そして休日は仕事をしても良い日だと割り切って、次々と放り込む。

 

これら全ての決定を下しているのは僕だ。僕が納得感を持ちながら、僕にそうするよう促している。正直、この構図である限り、僕の精神は割と平気だと言える。

 

以前僕は適応障害で心を折ったことがあるが、その際の激烈労働は、自分が自分に”仕方ない”と強いたのではなく、完全に周りからの圧力だ。

 

上司より早く来て遅く帰るのは当たり前。上司の休日が足りてないのに部下が休むのは論外。半休も休日も返上して、残業して腕を磨いて一人前・・。

 

体育会系出身なのでこの考え方自体は「ハイソウデスカ」と受け入れはできたが、やはり「本心では嫌なことの押し付け」に堪え切れるほど、心は鈍くなかったらしい。

 

―だが、今はどうか。正直、これも漆黒の発言だと思うが、休みを取って暇しているくらいなら、授業をしていた方が何百倍も有意義だと思っている。

 

フル休みの取得数はよくて月に2~3回にまで今は減っているが、正直言うとそのバランスで”丁度いい”と思っている。

 

身体が壊れている実感も、精神が疲弊している実感も、趣味に割く時間が失われる実感も、いずれも特に感じていない。だから僕は、休む理由が無いのである。

 

僕はずっと、"「休めないこと」が問題"だと思っていた。だが実際は違ったようだ。そもそも本心では、心の底では、全く問題と思っていないことがやっと理解できたのだ!

 

労基?そんなんがいちいち僕の労働状態を把握できるほど暇じゃないことなんて分かってる。だからどれだけ連勤を繋ごうが、すごくどうでもいい話ではないか。

 

僕が休まないことでチームが疲弊している、とも思わない。僕以外の人はきちんと休みをとって、休日を満喫している。そして僕は、他者のその時間は尊重している

 

休みの日に連絡は入れない。仕事の依頼など論外だ。顧客から問い合わせが来ても、〇〇さんはお休みなので、次の営業日に折り返させますねといって時間を稼ぐ。

 

だが、それは僕の価値観には関係がない。僕が暇する時間より、授業や面談の方が、誰の目から見てもよっぽど有意義で、生産的な時間なのだから、優先するのは当然だ

 

―こんなことを周りの人から言われたら僕はその人をぶん殴るだろうけど、今はそう、芯から納得しているので、関係のない話である。

 

僕は天性の、生来の、ワーカホリック。ただそれだけなのかもしれない。そこに深い意味を探ろうとしたことが、そもそも意味のないことだったのだろうか。

 

では今日はこの辺で。

 

 

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