一時期僕は「ポジティブシンキング」を本気で信じていた。とにかくできる、自信がある、俺なら大丈夫と、常に自分に声掛けし続けるイメージだ。
心の中に松岡修造氏を常に置いておく感じ、とでもいおうか。高校2~3年とかの病的に自信が無かった頃は、割とそれに縋る気持ちもあった。
だが結局、僕はポジティブシンキングが全く性に合わないことがわかっただけだった。多少の粗や理解ができていない点を感情で誤魔化す行為に過ぎないではないか、と。
それ以来は逆に、むしろ自分のネガティブな視点を建設的に用いて、より一つ一つの計画なりアイデアなりの完成度を高める方向で仕事をするようにしていた。
それである程度の結果は出せたと自負している。だが同時に、これはこれで、誰からも褒められることもなければ感情的な高揚もない、寂しい思考だなとも思っていた。
―では、僕にとっての落としどころは何なのか。それについて、最近偶然の出来事により、ちょうどいい塩梅を発見できた手応えがある。
今日はそんなお話を書いていこう。
真のポジティブシンキングは、〇〇に繋げることである。

まずはきっかけになった出来事について書く。先日ネジが思い切り刺さったようで、車のタイヤが一つパンクしてしまった。
慌ててガソリンスタンドに持って行ったが、穴を埋めるとかではどうにもならない程度に傷ついているという。だから整備工場が付いた店を予約し、そこに持ち込んだ。
すると、そもそも年度も古めで、整備士が一目見ただけでもタイヤの四本全てがボロボロという状態だったそうだ。(実際に示されながらの説明だったので僕も納得)
おまけにホイール周りの錆も酷く、結果としてトータル、想定の+2万円が掛かってしまった。・・その時僕は、何を思ったか、絶望もちょっとあったが、大体は違う。
振り返れば、すごくポジティブなことを考えていたのだ。まず真っ先に、カードの利用明細をアプリでチェックし、現状の使用額を確かめた。
そこに今回の費用が乗っかり、さらに想定される出費を加味すると、大体どれくらいがいつの時点で口座に残っていればいいか、そのシミュレートができそうと思えた。
どんぶり勘定ではあるが、先月はあまり金を使わなかったので余剰がこれくらいあって、ドル建てしている貯金もまだあって、という風に連想を続ける。
そもそも今月、あとどれくらいの出費に留めれば、貯金も下ろさずにしのげるのか、ということまで思い至った。そしてそれは、きっと不可能ではない。
そういう見通し、もとい安心が見えると、自ずと思考もポジティブな方へ変わっていった。これは自分の支出を見直すべき修行のときということか、という風に。
そもそも出ていくカネと入ってくるカネにシビアになれないようでは経営者にはなれないな、ちょうどいい勉強のチャンスだ、とさえ思えた。
自分の何を削れるか。と同時に、自分の何をお金に換えられるか。そういったところまで連想はおよび、色んなことが有機的に繋がるのを感じた。
というところで閃いた。これが僕にとっての真のポジティブシンキングだ!・・と。感情や勢いで誤魔化さず、かといって卑屈にならない、ちょうどいい思考だと感じたのだ。
まず、正直気が滅入る出来事があったら、その感情や思考からは逃げず、しっかりと受け止める。そのうえで、冷静に分析し、次善策を考える。
その次善策をタスクとして整理したら、あとはそれを実行することに集中し、そのときの経験を「いい機会だ」という風に捉え直し、必要最低限の感想だけを残す。
こう理解しておけば、僕も無理なくポジティブに考えられそうだ。「大丈夫だ」と思うことに、ちゃんと理由を添えればよかったんだ。
それが能天気なものになったら考え物だが、生来僕は能天気に考えない性質なので、それは多分大丈夫だろう。そこは自分を無条件に信じるとする。
では今日はこの辺で。