今日は完全なる反省文を書いておく。僕自身はマルチタスクに死ぬほど弱いという自覚があるくせに、この日はマルチタスクに完全に汚染され、かなり酷いことになった。
中小企業ゆえに仕方ないところはあるが、僕は様々な業務をひっきりなしに行ったり来たりさせられる。授業をしながら、生徒が演習に入ったら連絡を返すなんてザラだ。

腰を据えて、コーヒーでも飲みながら一つの作業に没頭するなんて、夢のまた夢だ。僕にはそんな贅沢は許されていない。数分の集中をひたすらスイッチする感じだ。
―そんな今日、その数分さえ確保することができないまま、さながらテトリスのブロックがゲームオーバーの水準すれすれに積み重なるごとく、仕事が溜まってしまった。
そうなると、もういけない。マルチタスクに汚染されて、別人格ともいうべき”僕”が完全に脳をジャックしてしまう。そして今日は、いっとき完全に、乗っ取られた。
だから冷静になった今、僕に何が起きたのか、そしてそれはどうすれば防げたか、その辺をまとめて一つの記事に残しておく。
マルチタスクに汚染された僕とは。

事の発端は、さっきも書いたがテトリスのブロックの如く、終わらない仕事が次々に積もっていったことにある。
自分が個別授業に入りながらも、同時に別教室で回る幼児向けコンテンツの様子を気にし、ちょっと荒れたら制御しに行って、また授業をする。
これ自体は日常風景なのだが、今回はそこに、新規問い合わせのアポ取り、自分のスケジュールの調整、そしてそれに伴うリスケに次ぐリスケと、すごく忙しかった。
本腰を据えてメッセージを返信したいのに、授業と授業の合間の隙間時間で細かい業務が降ってくるなど、集中モードに至れる暇が数分も無く、本当にイライラした。
こうなると、僕は胸の内で八つ当たりを始める。仕事が終わって休憩をしている人、返事を全然返してくれない人、その全てに対し滅茶苦茶カリカリしてしまった。
自分がしたいことに、自分が出したいクオリティで臨むことが出来なくて、正直このタイミングで軽口を叩かれようもんなら大人げなくブチ切れていたと思う。
・・そういう意味ではラッキーだったと思わざるを得ない。
ちなみに、このモードが解除できたのは、実は意外な考えを頭に浮かべたからだった。それは何かというと、”諦めた”のだ。
「もう無理だな、今日はもう残業を確定させて、その時間帯にゆっくりやろう・・」と思い直してから、やっと目の前のことだけに、再び意識を向けられたのだ。
つまり、マルチタスクに汚染された僕は、チームに入れていてはいけない、無差別で攻撃性をまき散らす害悪になり果ててしまうのだ。
今でこそ諸々は鎮火し、なんであんなに他人に対し憤りを覚えたのか、全くわからないという状態に戻っているのだが、このまま忘れ去ってしまうにはあまりにも惜しい。
これをしっかり反省するためにも、ここからは改めて、マルチタスクについて調べたことをまとめていく次第である。
やるならやる、できないなら先延ばす。

現状、脳科学について研究が進めば進むほど、人間にマルチタスクはできないというのが定説になっているようだ。これは僕も強く納得する。
一度に一つずつのことしか処理できないのが人間の脳の限界なのだ。実際、マルチタスク状態で勉強をする学生ほど、実は成績が悪い傾向にあるのだという。
取り組むのは、一度に一つ。これはもう何度も暗唱して、潜在意識に刷り込んでしまうくらい己の矜持として抱えないと、本当に一瞬で忘れてしまう真理だと思う。
ではそれを踏まえると、今回はどうすればよかったのか。実はあまりにもイライラした際、ふと試して滅茶苦茶効果があったのが、メモ帳にタスクを書き出すことだった。
キーボードを叩くのも、モニターを睨むのも止めて、メモ帳に今自分が抱えている(同時にやっつけないといけないと思っているアレコレ)を書き出す。
そしてそれらを眺めて、今の時間でできると踏んだなら、その場でガッと取り組んだし、無理だと思ったなら、残業で生まれる時間に回そうと諦めたのだ。
例えば、LINEの返信なら30秒ほどでできるから可能だ。だが、請求書の作成といった集中力が要るタスクは、無理だから諦める。ただそうやってラベリングをしただけだ。
それだけなのに、イライラはスーッと解けていき、文字通り頭の中にかかっていた霧が晴れて、目の前の仕事(授業とか解説とか)に集中し直すことができた。
本当にすごく不思議な話だ。と同時に、ドラキュラに対する十字架のようなものとして、やはり僕はあちこちにペンとメモ帳を置いておくのがいいと悟った瞬間でもある。
未完了のタスクを、同時に頭の中に置いておかない。意識しないとこれをついついやってしまうからこそ、厳しく自分を律して、頭の中は適宜棚卸ししたいと思う。
自分の脳のモードを自覚せよ。

と同時に、今新たに自分で取り組んでいる意識改革?がある。それは、自分が今ある脳のモードをキャッチするトレーニングだ。
ちょっと前の記事にも書いたが、脳は「ぼーっとした」状態と、「グッと集中した」状態を切り替えながら、ひっくるめて”思考”を行っているのだという。
そしてマルチタスクが発生するのは、大体脳が「ぼーっとした」状態にあるときなのだ。なぜなら脳はこのとき、様々な記憶を網目状に繋げて整理しているから、らしい。
暇なとき、何も考えずにいると、思考はあちこちへ彷徨い始める。終わっていない仕事、これからの予定、漠然とした将来への不安、過去の黒歴史・・。
次々と異なるテーマの記憶が、虚実入り混じりながら意識の中に登場し、過ぎ去ってはまた現れる。これはまさに、マルチタスクが起きている状態そのものだ。
最近は自分の頭の中に、今目の前の事象と関係ないこと、或いはただの妄想に過ぎないことが浮かんだ際、「あっ、今はDMNだ!」と思うようにしている。
それに気付いたら、意識的に「集中モード」へのスイッチを入れようと試みる。例えばその一つが、いわゆる瞑想だ。これもまた、僕にとっては効果てきめんである。
本当に意識が一つのことに向かず、霧が濃い場所でハイビームを焚いたときみたいに思考がぼんやりするときは、よく駐車場に出て一人になっている。
温かい微糖のコーヒーを飲みながら、ただ何も考えず、それが口に含まれ、喉を通るのを感じる。その温かさが移動していくのをひたすら意識的に拾う。
続けざまに自分の呼吸に意識を向ける。と同時に姿勢が悪いと思えば、肩甲骨を引き締めて、鎖骨を挙げて、胸郭を張る。こうしていると、意識はどんどん澄んでいく。
そうするとまた、作業に戻るのも容易となる。こんな風に、僕は何をやってんだか、本当に人が与り知らないところで、へんなことばかり実験している次第である。
つくづく、脳とは意味不明で、手に負えない存在だ。だからこそ、その探求は何時までも終わらず、そして楽しいことだと思えている。
では今日はこの辺で。