リーダーらしさとは何か。僕は、自分に才能がないのを前提として、これは天賦の才の賜物だと思っている。
ただ、技術や心構えを学ぶことで、後天的に再現できるものでもあると思っている。才能が無いものこそ、そのエッセンスを学ばずしてどうするというのか。
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僕はリーダーになりたいわけではない。どちらかといえば、チームで成果を出すために、傍を楽にするために、自分の性格を鑑みた身の振り方を知りたいのだ。
そしてもっと相応しい人間が現れたら、僕は潔く譲るつもりでいる。僕はあくまでもリリーフなのだ。
それを念頭に、またこの本に触れることで、自分に必要なスキルを得ていきたいと思っている。ではいこう。
- 11月3日(月) 「リーダー」という言葉を噛みしめる。
- 11月4日(火) 何が無かったか。何はあったか。
- 11月5日(水) ファッション革命家は鬼ダサ説。
- 11月6日(木) ただパソコンを作った…のではない。
- 11月7日(金) I have a dream.
- 11月8日(土) 情熱≒WHY≒物語≒偏愛≒熱狂。
- 11月9日(日) 何が最後に分かつのか。
11月3日(月) 「リーダー」という言葉を噛みしめる。

天性のリーダーとはどんな人かを、よく考える。勿論才能と言えば簡単だが、具体的に何を生まれ持っているのか?
楽観的?人心掌握?俯瞰能力?体力?……考えれば考えるほど、これはつまり総合力だと思わされる。
センスが大切なのは否定しない。だが、細やかなスキルに熟達していないリーダーは、ただの嫌なやつになる。
そのバランスをどう取るか。あるいは僕は見当外れなことを言っているのか。この本を通じて見つめ直したい。
11月4日(火) 何が無かったか。何はあったか。

まず「WHY」から始めよ。筆者は何度も何度も、それこそスピーチの中でも、そう説き続ける。
例えば飛行機というとライト兄弟が真っ先に浮かぶのだが、同時代に有人飛行へ挑んだ人は、実は彼らだけではないのだという。
むしろその名も残っていない人の方が、名声も知名度も財力も、全てを圧倒的に持っていたそうなのだが、この夢を先に達成したのはライト兄弟である。
全てを持つと思える人が何を持っていなかったのか。筆者はそれこそが、【WHY】なのだという。すごく興味深い導入だなと思わされた。
11月5日(水) ファッション革命家は鬼ダサ説。

「石油を使うな!!」という標語を掲げて世界遺産にペンキをぶちまける人とか、「ウクライナ侵攻反対!」というステッカーを車に山ほど貼った人を見ることがある。
それを見るたびに僕は共感ではなく羞恥を覚えていたのだが、その理由が今日ちょっとわかった気がする。それはその人たちの”本音”がどこにあるかで変わるのだ。
”本当に”革命を起こす気なら、武力で正面突破するか、石油に代わるエネルギー源を自ら開発するか、政治家になってルールを変えるか、そういう行動に出るはずだ。
一方、そういった血を流し、正面から受け止めるような行為をせず、革命をしている、戦っているという感覚を持ちたいだけの人に、僕は羞恥を覚えるようだとわかった。
いわば中身はチキンのままなのに、不良ファッションを身にまとって悦に入っているのと構図が同じだと気づいたのだ。あの人たちに、WHYは存在しないのだ。
11月6日(木) ただパソコンを作った…のではない。

次に引用されていた例は、スティーブ・ジョブズの話であった。実は彼の人生について、僕は伝記を読んだりしたことはないため、あまり詳しくはないのだが…。
アップルという大企業に関わり、”結果として”世界の在り方を大きく変えた。だがそもそも、世界を変えるという野心が先で、パソコンはその手段に過ぎないようなのだ。
一人ひとりがパソコンを持てるようになれば、国家レベルの技術が各家庭にあるのと同じになる。これは一つの巨大な革命ではないか?
WHYから始めたことが、ジョブズたちの偉大過ぎる結果に至った一因となっている。もちろん結果論かもしれないが、僕はこの論理に無理はないと思っている。
11月7日(金) I have a dream.

技術やカリスマではなく、「WHY」と「ハート」で大衆の心を、結果として世界を変えた人の例として、キング牧師も紹介されていた。
僕は彼のスピーチを一度しか聞いたことがなく、しかも当時は中学1年生とかだったのでロクに内容も理解できなかったのだが、そのときの声は今でも思い出せる。
「いい声でした」と言えばあまりにも浅い感想なのだが、何か染み入るような、強く訴えかけたい何かが込められているような、そんな”声”を僕は感じた。
情熱は小手先の技術など簡単に凌駕し、人の心に共鳴・共振を呼び起こす。改めて彼のスピーチを聞かねばならないなと、ふと思った。
11月8日(土) 情熱≒WHY≒物語≒偏愛≒熱狂。
先の例のように、自らの情熱によって世界を変えた人たちの話が、これから連続して出てくるようだ。となると心配になるのが、これは単なる伝記ではないかというものだ。
僕は偉人の伝記を読むのは好きな方なのだが、だからといって彼らみたいに”なりたい””在りたい”と思ったことは一度もない。巨大な物語として読んでいただけだ。
そういうのを特に考察なく羅列して、リーダーシップ論と言い張るなら、僕は鼻白むだけなのだが、この本にその心配はほぼ無さそうである。
明日からは具体的な章に入っていく。いやはや、楽しみである。
11月9日(日) 何が最後に分かつのか。

リーダーシップとは、極めて繊細な能力だと思っている。どれだけ精緻に組み上げられても、最後の1ピースが無ければ、大成しないように思うからだ。
例えば、悲しい話、バットコントロールが抜群で、守備力も抜きんでており、足も速い野球選手がいたとして、彼の身長が155㎝とかなら、プロでの活躍は無理だろう。
ジョン・F・ケネディとヒトラーは、実はかなり共通した過去を持っているという引用例を見ても、本当に大切な唯一のピースが、結果を分かつこともあるのだ。
逆に、何にとって不可欠なピースを自分は持っているのか。その目線で自分の持っているものを棚卸しても、面白いのかもしれない。
では今日はこの辺で。