最近すごく久しぶりに、「人の言葉」に嬉しさを覚える一幕があった。今日はそのことについて、少し書いてみたいと思う。
尚、ここで言う「嬉しさ」は、分かりやすい成功体験や達成感とは少し違う。英語で言うなら、happyというよりgladに近い感覚で、「ほっとした」、という感じだ。

さて。一体何が起きたのかという話だが‥突然なんだということになるものの、僕は「企業理念やミッションステートメントを読むのがとても好き」である。
どんな人たちが、どんな思いでそのプロダクトを作り、世に送り出しているのか。その背景にある価値観や思想を辿る作業が、昔から好きなのだ。
ありがたいことに、これまで目を通してきた理念を振り返ってみても、「別にお前じゃなくてもいいよね」と言いたくなるようなものは、ほとんどなかった。
一見すると似たようなサービスや商品であっても、そこに宿っている“魂”の部分──つまり目に見えない価値観や覚悟は、驚くほど違う。
そうした差異が、最終的にプロダクトの質として滲み出てくる。僕はそこに、強く惹かれるタイプの人間なのだ。(だから芸能人のエッセイを読むのも好きである)
もっとも、この趣味はかなり少数派だと思っている。だからこれまで、あえて人に話すことはほとんどなかった。理解されると思ってなかったためだ。
しかし先日、いい意味でこの不安、前提が覆された。以下それに関する軽い話を書いてみる。
同じものが好きな人。

新製品 一覧 - DOD(ディーオーディー)【公式ブランドサイト】
昨日も空き時間を利用して、とあるサイト(キャンプ用品のブランド)の理念を読んでいて、さらにその先が気になり、親会社のそれもずっと調べていた。
そのメッセージは共感を覚えることも多く、言葉による理屈を超越してシンプルに「イイ」と思った。そこで、趣味を同じくするLINEグループに、ふと投下してみたのだ。
普通ならそんなクソどうでもいい投稿などスルーされてしかるべきだが、今回は違った。実際にそれを読んだうえで、”確かに面白い”というコメントが返ってきたのだ。
しかも、これは傲慢に聞こえるかもしれないが、書いてあることをきちんと“読み取れている”と思う、いわばきちんと読解された発言だったのがすごく嬉しかった。
やはり世の中には、理念を読んだ“つもり”になって、とんちんかんな解釈を堂々と、さも正解のように語る人も少なくない。
正直に言えば、そういうのを見ると、僕はかなりゾワっとする。「なぜその程度の読解力で、自分は分かっている側だと思えるのか!?」という嫌悪が先に立ってしまう。
だからこそ、僕と似た深さの関心を寄せ、本当に丁寧に理念を読んで、メッセージを汲み取り、発信してくれる人の存在は、思っていた以上に心を温めてくれた。
人生全体で見れば、僕はどちらかと言えば諦観寄りの人間だと思う。「わかり合えるなんて状態は、ただのユートピア、幸せの青い鳥だ」という前提で生きている節もある。
それでも、こういう瞬間に出会うと、やはり人である以上、こういう繋がりを覚える瞬間てのは嬉しいものなのだな、と素直に思う。
この感覚は、忘れずに覚えておきたい。小さく、しかし確かに残る、貴重な一つの出来事として。まぁ、こう書くとすごく大げさに聞こえるのだが。
では今日はこの辺で。