僕には不思議な特性がある。客観的に見ても、主観的に見てもやばい状況に身を置くと、なぜかそれを全く関係ない、いわば娯楽に置き換えて考えてしまうのだ。
ここでやらかしたら全てを失いかねない状況においても、「こういう場面って格闘ゲームの最終ラウンドに似ているな」と思う、そんな風に。
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これは正常性バイアスが少し捻った形で発動しているだけなのだと思うが、我ながらこれはトクする性質だと思う。子供はある意味、胆力に秀でているということか。
視野狭窄に無縁な観点がある人は、修羅場のまた別の一面を突き止めることも可能になる。詳しくは書けないが、僕が最も今鍛えねばならないスキルだといえる。
では今週も、冷静さを維持するためにも、言葉にしていく次第である。
- 6月30日(月) お好きにどうぞ。
- 7月1日(火) バイアスが増幅させる不安。
- 7月2日(水) ただ成功だけ見るのは悪くないが・・。
- 7月3日(木) インチキ・インセンティブ。
- 7月4日(金) インチキ・インセンティブ2。
- 7月5日(土) 自己演出としての嘘。
- 7月6日(日) 保険を掛けることは弱腰なのか?
6月30日(月) お好きにどうぞ。

合理性よりも感情が優先されることは結構あるのだが、それは不気味なほど巧妙に、かつ組織的に隠されているイメージがある。
例えば日本において、金銭を賭けたギャンブルは禁止なのだが、では競馬やパチンコや宝くじはどうなるのか、と。
この辺の期待値を計算すると血の気が引くほど分が悪すぎる結果になるのだが、自分なら当たるという気持ちは、なかなかに強い。
僕は幸いにも今のところドラクエ内以外のあらゆるギャンブルに興味がないため、しばらくは色々無縁であれそうではあるけど。
7月1日(火) バイアスが増幅させる不安。

バイアスとして、人間は不安に対して種々雑多、本当に色々な可能性を考えることが得意である。
それは僕も同じだ。上手くいくモデル像はファジーながら大体一択なのに、失敗したモデルのビジョンは鮮明に、しかもたくさん頭に浮かぶ。
しかしそれすなわち、失敗の可能性の方が何十倍も高いという話ではないのだという。それは実体験としても確かに感じる。
不安はすぐに立ち込める。しかしそれは成功の可能性が低いことを意味するとは限らない。自暴自棄にならないためにも、胸に留めたく思う。
7月2日(水) ただ成功だけ見るのは悪くないが・・。

昔は成功するための心構えとか、そういう”答え”をずっと知りたかった。答えさえ分かっていれば、あとは問題に回答するだけだと思っていたためだ。
だが今では、もっと根幹の、超基礎・基本が知りたいと思っている。いわゆる応用・発展の型というのは、時代に応じて最適化された果てであり、つまり限定的だからだ。
将棋のルールは変わらないが、流行の定跡はいずれ研究されつくして廃れていくプロセスに似ている。賞味期限は短いのだ。
だから、何かしらの策で一発当てた人は、それが完全に効果がなくなる前に情報教材化して売り抜けることが多いのだと思う。
僕だってうまくいきたい。いかせたい。そのための策は知りたい。なぜならそれを徹底的に実行する覚悟ならあるからだ。
7月3日(木) インチキ・インセンティブ。

インチキとされる行為を、人がしてしまうのはなぜなのか。それはインセンティブの問題だ。筆者は昔、そう書いていた。
したところであまり処分が重くないとか、逆に抜群のメリットがあるとか、そんなときに人はリスクを取ってインチキに走る。
これを糾弾するのは正しいのか、それとも騙された側の怨嗟なのか。これはなかなかどうして、一見わからないものである。
7月4日(金) インチキ・インセンティブ2。

人はいつ嘘をつくか。浅はかであれなんであれ、とにかくそうする方がトクなときだ。
例えば「ない」のに「ある」と言った方がウケがいいものは何があるか。学歴や恋人だろうか。
また、「ある」のに「ない」と言った方がトクをすることも実際は多い。例えばお金とかもそうだと言える。
インセンティブが行動を決めるのなら、全ての行動にはその人がそれを選んだロジックが必ずあるということ。
人間観察のまた違った面が見えた気がして、心が躍った。
7月5日(土) 自己演出としての嘘。

嘘の定義は、思うにかなり曖昧だ。完全なフィクションを語ることは当然だと思うが、例えば実際の話を盛って話すことは、事実とも嘘ともラベリングし辛いといえる。
また、嘘も方便という言葉がある。この場合、嘘を伝えることで相手との関係を円滑にし、無駄な軋轢を避けることができるということになり、嘘=悪とも言えなくなる。
いい噓と悪い嘘。何がそれを分かつかはなかなか難しいが、ひとえに僕は、誰にトクをもたらすためにつくのか、が一つのモノサシになると考えている。
例えば自分にだけ有利な条件・状況を引き出すための嘘なら、それは糾弾されてしかるべきのように思う。自己演出が透けて見える限り、事実も嘘も似たようなものなのだ。
7月6日(日) 保険を掛けることは弱腰なのか?

保険に関する意味合いが変わってきている。これはどこか弱腰に思われがちな考え方だが、実際のところ大体の施策・戦略は、それが無いとただの博打になるからだ。
例えば貯金も人脈も別の収入源もなく独立を果たすと、一発逆転レベルの成功をしないとメシを食えなくなる。
一方、十分な貯金をし、本業以外で予算を稼げる下地があるのなら、多少は長期で、腰を据えた経営に取り組める。
何事も保険の部分を考えておくのは、弱腰や甘さではなくしっかりとしたしたたかさなのだと捉えている。
では今日はこの辺で。