目の前で起きていることを題材に、頭を使って遊ぶ。とても面白いゲームにして、全くお金が掛からない、極めてコスパがイイ時間だと思う。
筆者たちは、それ自体のプロなのはもちろん、それをこちらが「確かに面白そう!」と思うような言い回しで伝えることにも熟達している、と感じている。
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実力テストなどでいい成績を取っていることを引用しながら、「頭がイイ俺が書いてやった文章」という意図が透けるそれからは、決して汲み取れないものでもある。
本当に頭がいい人は、自分がそう思われていることに無関心だと思う。しかしその理由は、興味が無いというより、もっと面白いものを探し続けているからだろう。
筆者は終身雇用などいつでも返却していいとさえ語っており、気持ちの上では徹底的に、しがらみや既得権から自由なんだな、と尊敬する。
そんな本もいよいよ最終章。丁寧に、それでいてガツガツと、進めていこう。
- 9月22日(月) 時折ブームになる言葉。
- 9月23日(火) 「人の上に立つ男のカリスマ」。
- 9月24日(水) 数字は嘘をつかないが、嘘をついた結果の数字であることはある。
- 9月25日(木) 意図せぬところに含みを持たせない。
- 9月26日(金) At that time, they were "visionary companies".
- 9月27日(土) 流行語・はやりすたり。
- 9月28日(日) 天賦の経済学者たち。
9月22日(月) 時折ブームになる言葉。

時おり、セリフや構文が流行ることがある。それは国が変わっても同じらしい。その走りは「ブルシット」だそうだ。直訳すれば「まじクソ」みたいな、つまり悪口だ。
その「ブルシット」がタイトルになった本がアメリカで売上1位を取り、それは一気に広まったそうだ。
日本だと最近、そんなのがあっただろうか。「~力(りょく)」とかがそうだろうか。確かにそんなタイトルの本を、僕はいくつも頭に浮かべることができそうである。
9月23日(火) 「人の上に立つ男のカリスマ」。

バラク・オバマ氏が選挙に勝つ数か月前のブログ記事で、著者は「オバマ氏が、彼の書いた本と同じくらいの傑物なら、きっと大統領になるだろう」と予言していた。
僕は読んだことが無いのだが、オバマ氏は文章を書かせても超一流で、一つの本なのに笑ったり泣いたり、感情をめちゃくちゃ揺さぶられたらしいのだ。
そういえば彼はスピーチの名手でもあり、それは同時に、多くの人の心を掴むプロであることと同義だ。全てが一つに、綺麗に収斂してくるようだ。
人の上に立つ男のカリスマは、その創造物からしっかりと滲み出ているようである。
9月24日(水) 数字は嘘をつかないが、嘘をついた結果の数字であることはある。

データが参考材料としてきちんと機能するためには、そもそもそれが導出されたプロセスにノイズが無いことが前提となる。
例えば恣意的な操作で範囲を狭めれば、「インタビューした人【全員】が、この政策反対」ということもできる。
また、Xの意見を【民意】みたいに紹介するのもどうかと思う。あれは意見ではなく愚痴だからだ。
データや算数は確かに正しいと見ていいだろうが、そのものが歪められていないかどうかは、ちゃんと気を付けないと無意味だなとも考えている。
9月25日(木) 意図せぬところに含みを持たせない。

縦読みという文化?がある。一見アンチのコメントに見せつつ、縦に読むと応援のメッセージになっている、といったあれだ。
昔はテレビ欄の野球中継のところでよく見られた手法だ。(今もそうなのかはよくわからない)
しかしこれが技法としてスマートになるとは、【意図していたとき】だけだ。たまたま別のメタを込めると、それは問題となる。
校閲の段階で、例えば縦読みすると差別用語になるといった問題がないかは、きちんと確認されているのだという。
言葉とはなんと面白く、そして面倒なんだろうと思えるエピソードである。
9月26日(金) At that time, they were "visionary companies".
引用されて驚いたが、発刊されて何年も経ってから、著者はビジョナリー・カンパニーを読んだそうだ。
そして【ビジョナリー・カンパニー】とされた11社のうち、その当時で既に2社が没落し、2社は合併していたそうだ。
それくらい未来は絶えず大きく変化し、それに適応することは難しい。身に染みてわかるが、それを受けて何をすべきかは、僕に具体が浮かんでいない。
9月27日(土) 流行語・はやりすたり。

一時期は「Bullshit」が隆盛を誇ったアメリカだが、その廃りも早かったようで、気づけば月にリリースされた本の2~3冊程度にまで減ったそうだ。
その代わり、例えば「無宗教」とかそういう言葉が流行の兆しを見せているとのことだった。心の機微を捉えて文字に起こすと、そういうのが並びやすいのだろうか。
今の日本で言えば、「米はなぜ値上がりをするのか」といった話が流行りやすいのかもしれない。あるいは「退職代行」に伴う感情とかそういうの、とか。
正直そんなのが書かれた本、別に読みたくないので、僕には響かないセールスになるのは間違いない。
9月28日(日) 天賦の経済学者たち。

筆者が語る経済学者の定義を読んで、ハッとすることがあった。
彼は経済学者を、「対象から距離を取り、観察し、感想や意見ではなくデータと調査で実体を掴もうとする人達」と書いていた。
そしてその思考は、後天的に獲得したものというより、元々そうだった人達が経済学を知ってそれを爆発的に活用したという感じらしい。
つまり、なるべくしてなった、ということだ。そしてなかなかの偶然なのだが、僕もまた経済学部出身だ。
当時は「文系で、かつ就職先のリストが一番長い学部」なんていうクソみたいな理由で選んだのだが、この偶然は面白い。
34歳にして一つの伏線回収ができたということだろうか。なんて人生は面白い物語なのだろう。
では今日はこの辺で。