精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

「恥」を考える。 第一部:そもそも「恥」とはなにか?

すごく手前味噌なのだが、先日書いたこの記事が過去イチといっていいほどバズっている。(アクセス数ではなく、スターの数という意味で)

jukukoshinohibi.hatenadiary.com

 

この記事および、その次に書いた記事の結びとして、つまり「僕自身の”恥”を徹底的に見つめ直す必要がありそうだ」的なことを述べた。

 

ということで改めて、なんなら軽い気持ちで恥について調べ直してみたのだが…これが、ぶっちゃけ、非常に奥深い話になりそうな予感がしている。

 

だから部ごとに分けて、しっかりと自分の中で内省を整理してから、記事にまとめていこうと決めた。それもあって、実は何部構成になるか、今の時点では全く分からない。

 

今日はその導入として、そもそも”恥”とはなんやねんという定義について、調べて「なるほど!」と思ったことを書き並べていく。

 

 

恥の定義をまとめる。

 

「恥」と聞くと、それは心地よいものだと思う人は基本いないだろう。どちらかといえば避けたい、いわば嫌悪・不快あるいは怒りが混ざった感情だと言える。

 

そんな不快な感情だろうと、生存戦略においていい風に機能してきたからこそ、淘汰されずに今も本能として残っているのだと言える。ではなぜ、恥は残ったのか。

 

その仮説の一つは、集団・共同体に参加し続けるため、人から嫌われたり不快に思われたりするような言動を慎む目的がある、とあった。

 

基本的に、自他問わず恥ずかしいと思う言動は、そんなことをしたり言ったりする奴なんて仲間に入れておきたくないと思えるほど、結構強い拒絶反応を覚えるものだ。

 

だからこそ、それをした瞬間に虫唾が走る感情を連想させることで、自然とその言動が減っていく。誤ったことに対し、痛みをもって教育するようなものだろうか。

 

―ここだけ切り取ると、恥はむしろ大事な感情に思えてくる。自分が預かり知らないところで他人に嫌な気持ちを引き起こすリスクが減るのなら、良いことではないか。

 

とはいえ、それもやはり行きすぎるから問題になるのだ。自分の言動だけを顧みて、反省し、控えることは、実は恥というより罪悪感を当てた方が適切なのだという。

 

恥はそこを通り越して、”存在”自体に対して、いわば申し訳なさであったり、強い抵抗であったり、卑下だったりを覚えることを指すそうだ。確かに、と思う。

 

恥を正確に言葉にするなら、”そんなことをするなんて恥ずかしい”というより、”そんなことをしている自分を想像したら恥ずかしい”という方が合っているのではないか?

 

つまり、相手が恥ずかしいと感じていることは、別に必須ではない。あくまでトリガーは何であれ、存在に対して抱く、己の中だけに生じる不快な感情、それが恥なのでは?

 

実際、僕は最近、「俺テストで90点やったけ!お前ざっこ!」と言いながら帰る中学生に、ものすごく恥ずかしいという感情を覚えた。

 

だが当人はむしろ、そんな自分を誇りに思い、全能感さえ抱いていることだろう。それを思うと、鳥肌が立つほどに”僕が”恥ずかしいのだ。

 

だから、”自分は”そうしないようになる。それによって集団への参加資格を得続ける。そのための仕組みだと思うと、確かにスッキリする帰結になりそうではある。

 

恥が教えてくれること。

 

定義をざっと調べてまとめたが、実はもう一つ、興味深い問いも見つけた。それは、恥とはつまり、何を教えてくれているのか、というものだ。

 

これについては非常に面白い考察があり、「自分でも気づいていなかった、自分が守りたい規範・道徳がわかる」そうなのだ。

 

実際、今でこそ”恥ずかしい”と自覚していることも、それがそうだと分かったきっかけは、その対象を見た際に、猛烈な恥を”なぜか”覚えたからではないだろうか

 

僕も元々ドラマやデキる人アピールが苦手だった、というより、ある時期にふとそれを目にして、”なぜか”反射的に”嫌だ!恥ずかしい!”と思って、知ったという方が正しい

 

だからこそ、強い恥を感じたときこそ、嫌がらずにそれを直視して、しっかり向き合って分析することで、自分が大事にしている、守りたい規範が見えると説かれていた

 

つまり、より深層の、言語化に至っていない”じぶん”の一側面が迸っていると思うと、恥自体はかなり貴重な経験なのではないかと捉え直せてくるのだ。

 

それを言葉にしておくと、何が良いのか。例えば、それを明言することで、自分のコミュニティに、自分を脅かす存在を迂闊に招き入れてしまうリスクが減るのもそうだ。

 

究極的には、自分と、自分が属するコミュニティを守るためのヒントが色濃くにじみ出ているのが【恥】である、と解釈してもいい

 

なるほど、思索が進んだ気がする。では続いて何を考えるか、それは明確だ。より具体的に僕が恥と感じるものを並び立てて、その理由と共通点を探るのだ。

 

だがこれは流石に、記事を変えて進めようと思う。では今日はこの辺で。

 

 

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