精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

昔の自分のルーティンこそ、実は理想の過ごし方なのではないか?

相も変わらず、自分という個体を制御する方法には難儀している。もうちょっと朝早く起きれたらいいのにと思いながらそうできず、ショート動画を貪る時間が消えない。

 

特に、午前中にもっと生産的なことをしたいのになと理性では感じながらも、それができた例が一回もない。酒を止めても、飲んでも、それは変わらなかった。

 

どう過ごしても、「しっくりこない」という感覚が拭えない。自分にとって、完全にオーダーメイドでマッチした1日の使い方は、果たしてあるのかさえ不安になる。

 

―というもやもやを抱えていた折、「待てよ?」と閃いた疑問がある。「そういえば、ルーティンという言葉を知らない頃は、どう過ごしていたっけか」と。

 

そのことを振り返って考え直すと、非常に示唆深い記憶をポコポコと思い出すことができた。今日はそんな、自分の過去のレポートである。

 

 

そもそも僕は…

 

ハッキリ言ってしまうと、僕は午前中に頭をシャッキリ動かすことが、多分体質的に困難なタイプだ。いわゆる朝活に成功したことは、人生マジで一度も無い。

 

中学の頃は野球部の朝練のために無理矢理起床して登校したが、その後の授業で爆睡をかまし、全体の前で謝罪の弁を述べる羽目になってしまったことが何回かある。

 

高校の頃も、「本気で大学受験を突破したければ、毎朝5:00に起きて勉強しろ!」と当時の塾長から発破をかけられたものの、起きることさえできず頓挫してしまった

 

大学の頃はあまり記憶にないのだが、1限目は完全に起きたまま乗り切った経験の方が稀有のように思う。僕はそもそも、非常なスロースタータ―なのだ。

 

ただし、終日ヘボチンかと言われればそんなことはない。始動が遅いのは認めるが、そこからの稼働はむしろ悪くないのではないかと思っている。

 

実際、集中などのエンジンが掛かり始めるのは大体日中~夕方だが、基本的に一度スイッチが入れば就寝1時間前とかでも長文読解問題が解けるほどのそれは残っていた

 

それを整理するため、なるべく丁寧に過去のことを思い出しながら、僕の1日の立ち上がりを振り返ってみた。すると、面白いことがわかった。

 

当時と今とではスケジュール自体が後ろ倒しになっているという違いはあるのだが、ざっくりと集中・エネルギーの波を書き出すと、これは昔からそうだったのだ。

 

起床~2時間➡廃人

2時間~14時間➡割と高止まり

14時間~16時間➡集中力が下がるも、単純作業は割とずっとできる

就寝時➡30分でも寝つきが超悪いくらい。最速だと”今でも”3分で寝る

 

これは本当に一貫している。色々試したものの、僕はつまり、起きてから2時間はそもそも何をしてもダメなのだ。ここに生産性を求めることが、実はズレているのだ!!

 

―一度気づけば、本当に色々と思い出す。確かに中学・高校の頃は、目覚ましが鳴って意識を取り戻してから15分くらい、”絶望する時間”が毎日あった気がする。

 

「うわぁ‥しんどい、最悪だ、マジで怠い、本当に嫌だ、朝ってなんでこんなに不愉快なんだ、マジで支度がめんどくさい…」という風に。

 

そういう絶望を15分くらい味わっていると、段々冷静になり、「はぁ、朝飯食うか」といった風に1日がスタートしていく。朝から嬉々とするのは釣りに行くときくらいだ。

 

そして僕は、朝食を取るのが好きではない。なぜなら、飲み込めないからだ。最終的には一杯の茶漬けが実家での固定メニューになったが、今でも朝食は茶漬けである。

 

こう振り返ると、僕は元々、「ハックすれば朝にも動ける」タイプの人間ではなく、そもそも「朝に動こうと想定すること自体がズレている」ということなのだろう。

 

エンジンを始動するとすぐに疾駆できる小型船ではなく、動き出しまでがとてつもなく遅いが、一度動くと巨大な波も走れるタンカーみたいなものだろうか。

 

であるならば僕の場合、最初から朝は”起動までの準備期間”と定め、それを少しでも短くするにはどうすればいいかを考える方が、妥当で自然なことの気がしている。

 

タンカーを出港させるために時間が掛かるのは、起動までにやることが膨大で、一つ一つの手間もまたそうだからだ。

 

如何にその手間を減らし、短縮できるか。正直、毎朝1時間強のダウナーモードが30分にできるだけでもQOLは爆上がりすることは間違いなく思う。

 

当時と今とで明白に劣化したこと。

 

ただし、若い頃の自分と比べても、今の自分の寝起きは本当にゴミカスだと思っている。それくらい起きられない。緩い金縛りにずっと遭っている気分だ。

 

その原因は何なのか、実を言うと一つ分かっている。ショート動画だ。ついつい起床時は、それを無限ザッピングし、そのまま1時間以上過ごすこともザラである。

 

高校・大学の頃はそんなシステムが無かった。だから、起きたらベッドの中でただ目を開けて微睡むか、せいぜい本を読むかするだけしかできなかった。

 

だから、”諦めて”起き上がるという行動に至るまでのプロセスが少なかったのだと思う。だが、今は無駄にそのエネルギーを浪費している気分だ。

 

エンジンをゆっくりと起動し始めた段階で、温まっていないのに空ぶかしをしてしまい、また起動のやり直しになる。ショート動画を観ていると、そんな気分になる。

 

せっかくなら、どうせ朝の1時間に何もできないのならば、むしろここで手つかずのままになっている何かをするのが良さそうだと思えてきた。

 

ということで久しぶりにニンテンドースイッチを引っ張り出してきた。というのも、ロマンシングサガ2を買ったのに、起動しないまま放置していたからだ。

 

ショート動画に食われるか、ゲームに食わせるか。どうせ1時間はろくに起動できないのが自分の身体なんだから、より有意義な方に注ぎたいよなと。

 

早速明日から、ヘンテコな朝活だけど、RPGゲームを始めてみようと思う。それで僕がどうなるのか。変わるのか、変わらないのか。やってみないとわからない。

 

久方ぶりの自分自由研究、すごく楽しみである。では今日はこの辺で。

 

 

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