精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

”構成作家”の目線で過去の黒歴史を振り返ると、ゾッとした。

ここ最近一番調べていて楽しいテーマが、構成作家の方々のインタビューや哲学を学んでいくことだ。大仰だが、”僕も同じだ”と、それらを読んで強く感じるためである。

 

特に、彼ら自身が”理由はよくわからないけど”楽しいと思うこと、面白いと思うこと、そして避けたいと思うことの部分に着目すると、共感のラッシュが止まらなくなる

artists.tiget.net

 

「構成作家は人生のリサイクルのようなもの」とか、「なんか面白いという感覚を実際に現出させることが楽しい」とか、月並みだがすごく”わかる”と思ってしまう。

 

だが、特に僕がより深い共感をしたのは、どちらかと言えば違和感の方だ。ある構成作家の人が、こう語っていた。この部分に、僕はめっちゃ痺れた

 

漫才を演じるよりも、おもしろいことやネタを考える方が楽しいってことと、表現者としての能力がないことに。

 

自分が考えたネタを自分で演じると、いちばんつまらなくなるなって。そこからですね、放送作家を目指すようになったのは。

 

wluck-park.com

 

そして僕も根底では、「面白いと思う世界やイメージがあったとして、それを自分が体現することは、最もつまらないエンタメである」と思っている・・としたらどうか?

 

その目線で、試しに僕が強く後悔している過去を振り返ってみた。すると、今まで何の関連もないと思っていたそのイチイチが、同じ構図で繋がっているのが見えてきた

 

その結果に至り、僕はゾッとする感覚さえ覚えている。だが、その感覚を上手く言葉で説明することができない。だからこの記事で、丁寧にほぐしてみたいと思っている。

 

 

僕が面白いと思ったことに、僕という最悪のキャスティングをしたという、とても強い後悔。

 

僕の黒歴史として避けられないのが、告白という愚行だ。人生で二度、そんなことをしてしまい、当然フラれ、以後僕はずっと、痛みの残る古傷として、後悔を抱えてきた。

 

なぜそんなにも強い後悔があるのか。先の目線に立つと、それを綺麗に説明できるモデルが得られた。

 

僕は、当時の僕が素敵だと思っていた構造を現出させるために、稚拙すぎる企画立案と、最悪なキャスティングをしたのを悔やんでいるのだ。

 

その二度の告白という愚行は、まず高校3年生の頃に、そして26歳の頃に、それぞれ訪れている。そのときの僕に起きていたことは何か。

 

高校2~3年にかけて、僕はCLANNADという家族愛をテーマにした作品と、とらドラ!というライトノベルラブコメにのめり込んでいた

 

それら2つの世界が共通して見せてくれる、いわば仲睦まじい男女のやり取りに、僕は憧れを覚えた。ただそれは、別に性欲から出発しているわけではない。

 

同じような属性の人間ばかりが集まるコミュニティでは得られなさそうな経験・場面。夏祭りに異性と出掛けることは、人生のイベント上位に入るほど心躍るという。

 

だからそれが本当にそうなのか、知りたいと思った。そして僕は、その目線で、演者たり得る方を探した。肉欲として好きというより、面白さ重視で、色んな人を”見た”

 

しかし、そういった色恋沙汰には、女だけでなく男の演者もいる。そして僕は、それを自分がやるという最悪のキャスティングをしてしまったのだ。

 

自分がやると誰よりもつまらなく演じることを”知っていたはず”なのに、今回はその例外になるという楽観バイアスに呑まれた。だからすごく悔しいのだ。

 

そして26~27歳の頃は、友人の結婚ラッシュがきっかけとなり、例えば内村さまぁ~ずの配信の中でも、家族や子供を語る動画がすごく好きになっていた

 

こういう温度感の関係性って、悪くないのかもしれないな。そう思った。だから、実際に自分が望む形で、それを見てみたいとも、思った。

 

その結果が、またしても”キャスト”として異性を見るという失礼な目線と、自分という最悪のキャスティングを繰り返すという愚策であった。過去から何も学んでいない。

 

当時の自分に課すのは酷な話だとは理解するが、やはり今思えば、”自分が出演することを前提としない、代替案としての企画を考えるべきだった”と強く感じる

 

勿論それはそれでつまり姑息だと思うし、またその結果、自分が当事者になるような企画が、心の底から大嫌いであると学べたことは、それはそれで有意義だとは感じる。

 

しかしながらそれによって相手にも不快な思いをさせたことを考えると、”誰も幸せにならない行為をしたこと”への後悔はやはり残る。

 

(後世の作り話らしいが)徳川家康のしかみ像のようなものとして、これは今後の人生において常に見えるところに飾っておかねばならない経験だと肝に銘じたく思う。

 

では今日はこの辺で。

 

 

にほんブログ村 教育ブログへ
にほんブログ村 にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ
にほんブログ村 ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村