古代からのメッセージ。人生で初めてそれに触れたときには、特に何も感じないそのフレーズに、人は何時から魅了され始めるのだろうか。
例えば「かぐや姫」の元となったのは「竹取物語」なのだが、この話が創られたのは、一説には9世紀から10世紀の頃らしい。つまり、1000年以上前ということだ。
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既に当時の人たちは、影も形も、名前も消えてしまった。それなのに、書き残された物語だけはしっかりと残り、今もなお読み継がれ、そして新たな物語へ繋がっている。
残されたものを読み解くためには、それを解読できる人が要る。卓抜した言語能力のみならず、そこに圧倒的な偏愛をも注ぎ込める人が。
その人達の営みもまた、一つの物語へと昇華されていく。暗号を巡り、物語が連鎖する。そんな不思議な構図に、僕もまたワクワクする。
では以下、今週分の内容を書いていこう。
- 11月4日(月) 「線文字B」。
- 11月5日(火) 「異論は認めない」
- 11月6日(水) 神経爆ぜるまで頭を使え!
- 11月7日(木) 惜しまれる夭逝。
- 11月8日(金) 受け継がれたバトン。
- 11月9日(土) 直感的解決。
- 11月10日(日) 「異論は認める」
11月4日(月) 「線文字B」。
線文字と称された粘土板は複数あったようだが、それが製作された推定年代によって、区分はされていたという。特にサンプルが多かったのは、線文字Bという区分けだ。
線文字Aもあるのだが、残存量が少ないため、圧倒的に解読が困難だとされた。だからまず、数が多い線文字Bに集中しようと、そういう流れになったのはある意味自然だ。
刻み込まれた文字そのものの意味は最後まで不明瞭なままだったが、例えば既存の文法のどれに近いと思えるか、また文字列の方向はどちらからか、その辺りを考えていく。
難解な数学の問題において、とりあえず式を立てたり、そこから導き出せるヒントを並べたりする作業に等しい。まずはやってみるという精神は、考古学でも重要なようだ。
11月5日(火) 「異論は認めない」
アーサー・エヴァンズ氏の線文字B解読に向けた執念は、時に他人の人生をも大きく狂わせた。彼は持論として、線文字Bはギリシャ語だと考えていた。
それに異を唱える者があれば、左遷したり教職から解雇したりと、いわば暴虐的なやり方を持って自説を強化していたそうなのだ。
それはもはや執着と言ってもよく、彼の論に対して不利になるような”証拠”が見つかっても、かなり強引な論理立てでそれに反証を加えるなど、なかなかに香ばしかった。
そんな彼だが、当時としては長寿である90年の生涯を、遂に線文字Bの解読を見届けることなく、また彼自身が果たすことなく、終えたそうだ。
この頃にはもう解読自体を試みる熱自体が下火になっていたのもあり、この線文字Bもまた、真の意味で闇に葬られる寸前になっていたのだという。
11月6日(水) 神経爆ぜるまで頭を使え!
エヴァンズが没してからも、彼の集めていたコレクションは彼に賛同する立場の者への公開に制限されていたという。
そこを掻い潜って膨大なデータにたどり着いたのが、アリス・コーバー博士という人だ。
彼女は見た目非常に地味だったそうだが、研究者らしく情熱と狂気を内には秘めていたらしい。
エヴァンズらの研究を一旦白紙にして、彼女はゼロベースで線文字Bに立ち向かった。まず分かったのは、語尾が柔軟に変わるということだ。
それそのものは「活用」といって、日本語でも英語でも一般的な文法になる。しかし線文字Bは、頻繁にそれが起こるらしい。
シンボルに番号を振り、語幹を仮説立て、言語体系を探る。彼女の言葉を借りれば「脊髄がビリビリするほど」の熱の入れようだと思えてくる。
11月7日(木) 惜しまれる夭逝。
コーバー博士の線文字Bの解読は、例えば語幹や語尾のパターン、活用の種類など、規則に基づいて行われたものだという。
既存の言葉で似た変化をするものの文法も参考にしながら、彼女はある一定の成果を収めるに至ったのだ。
その成果と前進は、当時の研究の最先端だったというが、それでも完全解読までは果てしない道のりが残ったという。
悲しいことに、彼女はそれ以上の成果を生むことも見届けることもなく、肺癌で40歳と少しという生涯を終えたのであった。
11月8日(金) 受け継がれたバトン。
コーバー博士が逝去する少し前、彼女のもとには「あなたの研究を詳細に教えてほしい」という旨の手紙が届いていたという。
送り主の名は「ヴェントリス」という若き男性であった。彼もまた考古学への非凡な興味、語学への才能を併せ持つ逸材であったのだ。
悲しいことにコーバー博士は返事を出すことなくこの世を去ったのだが、彼女が遺したデータや書物を、ヴェントリスは読み漁った。
彼女の研究を更に肉付けする形で、線文字Bの解読はまた進み始めた。リレーのバトンが奇しくも引き継がれた、そんな刻であった。
11月9日(土) 直感的解決。
ヴェントリスは、コーバー博士の残した格子をさらに充実させ、そこに彼なりの仮説を加えることで、解読にさらなる前進をもたらした。
彼は、線文字Bの中に繰り返し登場するパターンがあるのに気が付いた。彼はそれを大胆にも、直感で「地名」だろうと目星をつけ、それを基に推測を深めたのだ。
すると、その条件にマッチする地名があると分かった。それを基にすると、特性の音節の読み方が分かる。そのヒントを使うと、また別の地名が読めた。
それを繰り返し、ある意味危うい基盤ではあるが、ヴェントリスは彼の研究を大きく前進させるに至ったのだ。
結果、彼をこの道に誘うことになった研究者の仮説と異なる場所に彼は辿り着いた。これはギリシャ語ではないという仮説は間違っていた。これはギリシャ語だったのだ。
11月10日(日) 「異論は認める」
未熟な点があることは認めつつ、ヴェントリスは自らの研究を一度取り纏め、公に発信するチャンスを得た。
ラジオ番組に招かれたヴェントリスは、そこで自分の解読や、それに繋がる理論の概要を語ったのだ。
実はヴェントリス自体はアマチュア研究者であり、そんな彼の研究など素人に毛が生えたものと訝るプロもいたそうだ。
だが彼らがヴェントリスの理論に穴を探せば探すほど、それは一貫した、強固で、そして、線文字Bを紐解くための、新しい突破口だと分かり始めたのだった。
では今週はこの辺で。