精神年齢9歳講師のブログ

日々を自由研究の如く生きたい。

【同業者向け】今の時代に適した、皆に求められる教え方とは、なんなのか?

今日は、まだ確固たる答えが自分の中で結晶化しているわけではないが、考えながら自分の中で整理し、腹落ちさせたいと思っている、”あること”について書いてみる。

 

実のところ、去年や一昨年まではあまり感じてこなかったのだが、「いい授業とは何か」「何ができる講師を“いい”と呼ぶのか」について、最近よく考えるようになってきた

 

僕が受験生だった15年前ごろは、それこそ「分かりやすさ」がすべてだったように思う。具体名は出さないが、方々の予備校・衛星授業コンテンツなんかは特に。

 

説明を聞いて「分かった」と感じられれば、それでよし。肝心の成績向上については、他のシステムや教材が担うというような、そんな分担がなされた時代だった。

 

では、今はどうだろうか?もちろん「分かりやすさ」が今でも重要であることは間違いないが、それだけでは成績が上がらないと嘆息する場面が増えてきた。

 

なぜなら、問われている能力が、もはや知識ではないからだ。今は、その知識を知っていることなど"当然"で、それを活用できることを紙面で証明しろ、という問いが多い

たとえば昔の試験では、「バスケットボールでボールを持ったまま3歩歩いたら?」といった定義を問う形式だった。

 

しかし近年では、いうなれば実際のプレイ映像を見せて、「この場面で違反したルールは何か?」と問うような形式になっている。

 

つまり、「定義の暗記」ではなく、「実際にそれを使えるかどうか」が問われるようになっているのだ。もちろん昔からそうだったが、近年はそれこそ、特に顕著だ。

 

これは他の教科にも共通して言えることであり、教科書に書いてある内容はあくまで技や原理の“紹介”に過ぎない。この波は恐らく、止まることは無いだろう。

 

では、そうした時代における「教え方のアップグレード」とは何か。これについては正直、答えを出すのが難しい。

 

だが、自分の中には、フックになりそうなものがある。ただしそれの言語化が追い付いていない。だから以下、それを言葉にすべく、色々と書いていく所存である。

 

 

講師2.0=【型】を開発し言語化できる者?

 

近年改めて、「型」や「裏技」のようなものへの需要が高まっているのではないかという感覚がある。この変化は、昨今の筋トレ界隈を見ていても思うことだ。

 

たとえば懸垂という動き一つを取っても、見様見真似でやると、ほとんどの場合は腕で引いてしまうだろう。

 

しかし、あれは本来「背中」を鍛えるための種目であり、正しく効かせるには「背中に入れるフォーム」が必要になる。(上級者になると背中の”どこ”さえ変えられる)

 

そのフォームを、腑に落ちていない相手に理解させるために、スポーツトレーナーは日々頭をねじり上げている。そしてそこに、いわゆる”腕”が問われてくる。

 

相手のイメージ力や過去のスポーツ経験、言語理解の強弱など、さまざまな特性を観察し、それに応じて最適な言葉や比喩、動作イメージを提案していく必要があるためだ。

 

つまり、トレーナーの力量とは、「型のカスタマイズ能力」にあるということだが、この構図は、僕たち講師の仕事にもまったく同じように当てはまると思っている。

 

教科書の内容を言い換えて伝えることは、ある意味で「型」の提示であり、それ自体は決して悪いことではない。


ただし、今の時代では「その型を、個人に合わせて最適な形で再構築できるか」が勝負の分かれ目になっている

 

「わかりやすく解説するだけ」であれば、YouTubeやAIが担えばよい。そしてそれについて、僕は勝ち目がないと思ってさえいる。

 

だが、その一歩先—“理解を行動や得点に変える”部分には、まだ人間の講師の価値が残されていると僕は思っている

 

その意味で、「カスタマイズされた型を提供できる人材」こそ、これからの教育現場で求められるスキルなのではないかと考えている。

 

このスキルは、いわゆる「カリスマ講師」と呼ばれるような授業の巧みさとは少し異なる領域にある。こういう上手さに、僕は勝てる気がしていない。

 

だが、カスタマイズの柔軟さや、個々の生徒に対する観察力・翻訳力といった意味では、十分に自分の価値を見出すことができると、今はそんな風に感じている

 

ちなみに、僕は無意識に物事を筋トレの構造に置き換えて考える癖があるのだが、思考のフレームワークとして、自分にとってわかりやすいモデルを持つことはやはり強い。

 

それぞれの生徒がどのようなモデルであれば理解しやすいのか、それを見抜き、翻訳して届けてあげること。


それこそが僕ら講師の「技術」であり、僕にとっての勝負するフィールドなのだと思う。こう考えると、色々と戦略から変わっていくような感じがある。

 

・・・今回、書きながらようやく自分の中で腑に落ちた部分が多いが、読者の皆さんにとっても同じように腑に落ちるかは分からない。


そのため、あくまで話半分程度に読んでいただけたらと思う。ただ、また何か新しい気づきがあったら、記事として書き出してみるつもりだ。

ということで、今日はこの辺で。

 

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