今日は、普段とちょっと趣向を変えて、僕がつい最近”はっきりと”自覚した「恐怖症」について、書いてみたいと思う。
僕は先端恐怖症や閉所恐怖症、または集合体恐怖症など、一般的に有名とされる恐怖症は、高所恐怖症以外、特に持っていない。

だから、恐怖症というものの感覚が、正直よく分かっていなかった。花粉症を持たない人には、花粉症の辛さが伝わらないのとよく似ている。
・・・そんな僕にも、これはつい最近”再発見した”という感じなのだが、どうやら恐怖症と呼んでいいほど苦手なものが、1つあるらしい。
それが「本番の数日前~前日が、異様に怖い」という、少し不思議な特性である。いわば、「本番数日前恐怖症」とでもいえるだろうか。
実はこれは、最遅でも小学5年生の頃から思い当たる節のある、かなり古い時期から続いている特性だ。ということでこの記事では、それは何か、述べてみようと思う。
「頼むから来ないでくれ・・うわぁ、嫌だ嫌だ…!!」

例えば、緊張するであろう場など、何かのイベントが予定に組まれたとする。仮にそれが7日後だとしたら、僕は大体3日ほど前から、嫌な気持ちが段々募っていくのだ。
それこそ、「仕事に行きたくない」「憂鬱すぎる」「飯が喉を通らない」「絶対うまくいかない」といった、回避や絶望といった感覚ばかりが押し寄せるのだ。
大袈裟でもなく、本当に怖く、それによって身体が震えるような感覚も抱く。ポリヴェーガル理論で言うところの「凍り付き反応」、まさにそのものだ。
この現象が特に強く出るのは、そのイベントに対して、自分ができる準備が非常に限られているときである。特に情報収集が不可能だと、不安は顕著に募る。
教育相談なら、生徒の情報把握と点数の集計くらいしかやれることがない。十分と言えば十分だが、逆に言えばそれ以上は準備できないので、どうにも不安だ。
こと新規入塾生との面談となれば、相手の情報がほぼ無いので、なおさら不安で仕方がない。本当に”数日前まで”、僕は予期不安に消耗しっぱなしなのだ!
これは昔からあった。中学の頃野球をしていたが、試合の前日夕方くらいまで、それが本当に嫌で、「なんとか風邪をひかないか」と本気で願ったことが何度もある。
英検1級・準1級の試験も、2〜3 日前がピークで”嫌”だった。自信があるかないかとは関係なく、「その日が来るのが怖い」という感覚だった。
しかし不思議なことに、当日になると僕は、逆にケロッと平気になる。前日にあれほど嫌だったのに、当日になると「まあやるしかないよね」と意識が完全に切り替わる。
おそらく僕は、本番に”は”強いタイプなのだと思う。ただし、本番までの数日間が、圧倒的に弱い。そういう意味不明な、いわば矛盾した性質をしている。
実際、一番神経が昂って寝られないのは、当日2日前がほとんどだ。むしろ高校受験や大学受験といった大事の前日に、緊張で寝られなかった記憶は、全く無い。
・・・この恐怖症に関しては、どれだけ内省・内観しても、全体像がまるで掴めていない。「昔から嫌だったな」という感覚だけが強く残っている程度だ。
これはもう、他の人が生まれつき持っている恐怖症と同じように、僕にも先天的に備わった気質のひとつなのだろう。
幸い、この恐怖症のせいで人生が大きく損しているわけでもないので、血の滲むような努力を経て、根本から叩き潰そうという動機も、特にない。
ただ、「自分には恐怖症なんて無い」と思っていた僕に、こんなトリッキーな形で隠れていたのか、という純粋な驚きはある。
こうして言葉にして眺めてみると、他人ごとのように「へえ、面白いな」と思える。その感覚が今日の収穫であり、だからこそこんな記事にした次第である。
では今日はこの辺で。